2013年11月01日

古典の日に寄せて

みなさん、こんにちは。
昨日はハロウィンが例年にない盛り上がりを見せていたようですが、みなさん今日が何の日か忘れていませんか?

そう、「古典の日」です。

2012年、「古典の日に関する法律」が制定され、11月1日は「古典の日」となりました。
古典は「いま」と「ここ」を違った角度から見えるようにしてくれる魔法のメガネです。
たとえば、『山椒太夫』という作品を読めば「倍返し」が熱狂的に支持される今の日本も少し違って見えてくるかもしれません。

ドラマ『半沢直樹』では「やられたらやり返す、倍返しだ!」というセリフとともにライバルを土下座させるシーンが注目を集めました。
現代において土下座は相手への完全な屈服、復讐する側とされる側の関係性が今後絶対に変わらないことを意味する不可逆性を帯びた行為と言えます。
『半沢直樹』はいわば「許さない/取り返しのつかない復讐」の物語なのです。

『山椒太夫』もまた、「許さない/取り返しのつかない復讐」の物語です。
山椒太夫に買われて労働を強いられていた主人公・つし王は、太夫のもとから逃げおおせ、出世した後、太夫とその息子三郎を捕らえると、二人の首をノコギリで挽いてなぶり殺し、火責め水責め、膝の皿をキリで刺されるなどの拷問の末に殺された姉・安寿の恨みを晴らします。
過剰なほど悲惨な姉の死に対し、つし王は「倍返し」の苛烈な方法で報いるのです。

『山椒太夫』は元々市井で語られていた物語です。
語っていたのは、いわゆる被差別階級、社会的底辺にいる人々でした。
一番下に固定され、脱け出す術もない人々は、主人公に過剰なほど酷な試練を与えた上でそこから抜け出させ、虐げる側に「許さない復讐」を果たす物語にどんな救いを、あるいは快感を求めたのでしょうか?
それは格差の拡大とその固定化が叫ばれ、毎日のように誰かがネット上で炎上する中、「倍返し」に熱狂する現代日本人が求めるものと同じなのでしょうか?
それとも全然違うのでしょうか?

そんなことが考えてみたくなった人は、新日本古典文学大系『古浄瑠璃説経集』あるいは新潮日本古典文学集成『説経集』に収められた『さんせう太夫』を読んでみてください。お近くの図書館に大抵収められているかと思います。

以上、まだ『半沢直樹』を見ていないBa.林がお送りしました。


posted by ペンネンネンネンネン・ネネムズ at 18:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月26日

ステッカープレゼントします

何度か告知している通り、
ペネムズはPVを制作してまして、
昨日もその撮影でした。

撮影をしながらこれはまちがいなく良いものができるという確信を感じつつ、
非常に楽しんで制作が進みました。

ほんとにすごく楽しくて、
こんなに楽しいことはなかなかないだろうという想いさえしたので、
そういう雰囲気がPVにも伝わればなと思います。

曲はライブでは披露済みで、
知っている方もいるのではないかと思いますが、
「東京の夜はネオンサインがいっぱいだから独りで歩いていてもなんか楽しい」
というバンド名に負けず劣らず長いタイトルの曲です。
そう、B'zの「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」より長いです。
そしてB'zよりもかっこいいです。
これは主観です。

なんにせよ公開はそう遠くありません。
楽しみにしててください。

そしてもうひとつトピックスとして、
バンドのシールを作りました。
今回のPVにあやかったデザインになっています。

そしてこのシールはなんと!
9月15日(日)ペンネンネンネンネン・ネネムの安心と出現 第4回
に来てくれた方全員にプレゼントします!!
言っておきますが、
シールを作りすぎてばらまいているというわけでは、決してありません!!
スペシャルプレゼントだからですよ!

ぜひご来場くださいね〜。

↓これこれ
pns_sticker.jpeg

(ノ口)
posted by ペンネンネンネンネン・ネネムズ at 21:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

ようちゃんが死んでしまった!

bloodthirsty butchersの吉村秀樹さんが5/27に急性心不全のため46才で亡くなりました。


ぼくが吉村さんに受けた影響は計り知れません。
はじめてブッチャーズを聞いたのは17だったか18だったか、
友人の岡田くんにMDプレイヤーを貸してもらって浦和西高校の教室で悶絶したことをよく覚えています。
(ほんとはその前に清水くんから「△」+2を貸してもらったことがあったのだけどそのときはピンとこなかった。)
特にドハマりしたのは「kocorono」「未完成」「yamane」の3枚。
とにかくこの3枚でぼくの音楽観は形成されたといっても過言ではありません。


吉村さんは本当にライブでしか味わえないとてつもない何かを間違いなく持っていました。
とりあえずギターの音がでかいのはあたりまえで、それに加えてなんだかよくわかんない音の揺らぎ、気持ちよさがある。
視覚的な3Dなんかとは比べものにならないくらい立体的で空間的でその音像は耳ではなく「体で聞く」という表現がぴったりな音でした。
吉村さんがギターを鳴らしているというより吉村さん自身が鳴っているという音でした。


曲も詞もMCも、言ってることはほとんど意味不明なんだけど
ふとしたときにハッとさせるような言葉があって、
もっと言うと3人の頃のブッチャーズのライブはあたりはずれが多くて、
なんか今日いまいちか?とか思っていると、これまたよくわからないタイミングでものすごく響いてくる瞬間があったりと、
本当に説明のつかない特別な何かを人の心に届かせてしまうのが彼の、ブッチャーズの信じがたいマジックだったと思います。
「言葉に鳴らない」という表現の通り本当に言葉を超越する瞬間が多々あったと確信しています。


吉村さんの音楽は決して万人に理解されるわかりやすいものではないし歌も下手だし、
何が魅力なのか聞かれても、「この良さはわかるやつにしかわからん!」と言わざるを得ないような説明のしがたいものでした。
でも、わかるやつだけわかればいいという閉ざされた音楽だというわけでもなく、
いつもどこかに独特なポップ要素があって、多くの人に聞いてもらいたい、もっと売れたいという想いを
吉村さん自身は持っていたと思います、たぶん。

そういう気持ちをぼくは、

 わかってほしくないんだよ わかっておくれよ
 わかってほしいとおもうのさ わかってたまるかよ

という歌詞に乗せて歌ったこともあり、その点についてめちゃくちゃ共感するし今も昔もそう思って音楽をやってます。


とにかく吉村さんのことが好きすぎて「yoshimurahideki」という曲も作りました。
ネネムズを結成していちばん最初に演奏したのはこの曲でした。
またいつかやりたいと思ってます。
ちとデモバージョンをアップするので興味のある人は聞いてみてください。

https://soundcloud.com/xxmamarukoxx/yoshimurahideki


そして、吉村さんに初めて会ったのは高校卒業直後だったか、ON AIR EASTにイースタンユースと少年ナイフを見に行ったときでした。
別に出演者でもないのになぜか物販付近でウロウロしていたので興奮気味に握手してもらいました。
その後、下北沢のシェルターやフジロックや新宿のタワレコなど至るところで発見しては
写真撮ってもらったり握手してもらったり自分の曲を渡したりしていました。
ビッグマフが一番似合う人でした。音の揺らし方は今でも真似しています、真似できてないけど。
ライブに行けば必ず吉村さんのエフェクターボードをのぞき込んでどうやったらあんな音が出るんだろうと研究したりもしました。
でも吉村さんが鳴らしていたのはまさに生き様なのだから同じ機材をそろえても同じ音は絶対に出ないのです。
これはマジです、笑。


少しでも同じ時代に生きられたことを感謝します。
どうか安らかに。


ペンネンネンネンネン・ネネムズ
藤井









posted by ペンネンネンネンネン・ネネムズ at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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