2013年05月30日

ようちゃんが死んでしまった!

bloodthirsty butchersの吉村秀樹さんが5/27に急性心不全のため46才で亡くなりました。


ぼくが吉村さんに受けた影響は計り知れません。
はじめてブッチャーズを聞いたのは17だったか18だったか、
友人の岡田くんにMDプレイヤーを貸してもらって浦和西高校の教室で悶絶したことをよく覚えています。
(ほんとはその前に清水くんから「△」+2を貸してもらったことがあったのだけどそのときはピンとこなかった。)
特にドハマりしたのは「kocorono」「未完成」「yamane」の3枚。
とにかくこの3枚でぼくの音楽観は形成されたといっても過言ではありません。


吉村さんは本当にライブでしか味わえないとてつもない何かを間違いなく持っていました。
とりあえずギターの音がでかいのはあたりまえで、それに加えてなんだかよくわかんない音の揺らぎ、気持ちよさがある。
視覚的な3Dなんかとは比べものにならないくらい立体的で空間的でその音像は耳ではなく「体で聞く」という表現がぴったりな音でした。
吉村さんがギターを鳴らしているというより吉村さん自身が鳴っているという音でした。


曲も詞もMCも、言ってることはほとんど意味不明なんだけど
ふとしたときにハッとさせるような言葉があって、
もっと言うと3人の頃のブッチャーズのライブはあたりはずれが多くて、
なんか今日いまいちか?とか思っていると、これまたよくわからないタイミングでものすごく響いてくる瞬間があったりと、
本当に説明のつかない特別な何かを人の心に届かせてしまうのが彼の、ブッチャーズの信じがたいマジックだったと思います。
「言葉に鳴らない」という表現の通り本当に言葉を超越する瞬間が多々あったと確信しています。


吉村さんの音楽は決して万人に理解されるわかりやすいものではないし歌も下手だし、
何が魅力なのか聞かれても、「この良さはわかるやつにしかわからん!」と言わざるを得ないような説明のしがたいものでした。
でも、わかるやつだけわかればいいという閉ざされた音楽だというわけでもなく、
いつもどこかに独特なポップ要素があって、多くの人に聞いてもらいたい、もっと売れたいという想いを
吉村さん自身は持っていたと思います、たぶん。

そういう気持ちをぼくは、

 わかってほしくないんだよ わかっておくれよ
 わかってほしいとおもうのさ わかってたまるかよ

という歌詞に乗せて歌ったこともあり、その点についてめちゃくちゃ共感するし今も昔もそう思って音楽をやってます。


とにかく吉村さんのことが好きすぎて「yoshimurahideki」という曲も作りました。
ネネムズを結成していちばん最初に演奏したのはこの曲でした。
またいつかやりたいと思ってます。
ちとデモバージョンをアップするので興味のある人は聞いてみてください。

https://soundcloud.com/xxmamarukoxx/yoshimurahideki


そして、吉村さんに初めて会ったのは高校卒業直後だったか、ON AIR EASTにイースタンユースと少年ナイフを見に行ったときでした。
別に出演者でもないのになぜか物販付近でウロウロしていたので興奮気味に握手してもらいました。
その後、下北沢のシェルターやフジロックや新宿のタワレコなど至るところで発見しては
写真撮ってもらったり握手してもらったり自分の曲を渡したりしていました。
ビッグマフが一番似合う人でした。音の揺らし方は今でも真似しています、真似できてないけど。
ライブに行けば必ず吉村さんのエフェクターボードをのぞき込んでどうやったらあんな音が出るんだろうと研究したりもしました。
でも吉村さんが鳴らしていたのはまさに生き様なのだから同じ機材をそろえても同じ音は絶対に出ないのです。
これはマジです、笑。


少しでも同じ時代に生きられたことを感謝します。
どうか安らかに。


ペンネンネンネンネン・ネネムズ
藤井











posted by ペンネンネンネンネン・ネネムズ at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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